OKI · 1983.11.12 23:59二十三時五十九分
霧鳴岬にあった沖波無線局(1952–1989)の通信記録を、閉局後に見つかった綴りから起こして公開しています。
1983 年 11 月 12 日の夜、貨客船「あさなぎ丸」が沖波無線局を呼びました。乗っていたのは 31 人。応答は、ありませんでした。
公式の記録は、当直の通信士が居眠りをしていた、と結論しています。
この記録室では、受信機を回し、電鍵を叩き、端末を引き、配線をつなぎ直して、あの夜の通信をもう一度たどります。
この記録室の使い方
- 答えは、文字を打つのではなく、機器の「状態」で出します。つまみ、鍵、盤面、スイッチ、端末。
- どの答えも、公開されている資料だけで確かめられます。特別な道具は要りません。
- 音が出ます。音量にご注意ください。聞こえない場合の代替表示も、機器のそばにあります。
- 一部の機器は、夜の決まった時刻にだけ働きます(日本時間)。時刻を逃しても、一週間後には「録音庫」として開きます。
編: 小松 灯(記録する会)。父は沖波無線局の無線長でした。あの夜のことを、父は最後まで話しませんでした。